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東京地方裁判所 昭和37年(合わ)377号 判決 1963年12月21日

被告人 山田義正

昭一八・三・二〇生 自動車運転助手

主文

被告人を懲役五年に処する。

未決勾留日数中四〇〇日を右本刑に算入する。

理由

(被告人のおい立ち)

被告人は、運送業を営む山田義雄と、身寄がないため同人方に身を寄せていた大友はなとの間に、婚姻外の子として生れ、父義雄の援護を受けて、実母はなおよび実姉千恵子とともに育ち、被告人が小学校一年生のころ実母が父のもとを去つてからは、父の家庭に実姉といつしよに引きとられ、父の妻やす(被告人の戸籍上の母。以下義母という。)や母違いの兄姉弟らとともに生活することになつた。しかし、そのころ、父の営業がはかばかしくなく、生活が楽でなかつたうえ、義母や異母兄姉らからじやま者扱いにされ、父も他の家族に遠慮して被告人をかばおうとしなかつた。被告人は、こうした自分を疎外する家庭環境に生育し、また知能も平常値の下限近くにあり、学校にも十分適応できなかつたため、劣等感が強く、過感で弱志的傾向のある、欲求の制御によわい人格に生長した。そして、昭和三四年三月に中学校をともかくも卒業し、このころから、かなり営業が好転していた父の運送業を手伝つて来たが、家庭的には相変らず不遇で、仕事を終つたあとの夜間など家庭を出て外に楽しみを求め、たまたま同三五年夏ごろの夜、近くの白山神社の境内で、他人の性行為を目撃したことから、その後もしばしば同所で同様な行為ののぞきみをし、やがて転じて住宅地を同様な目的ではいかいし、ついには他人の家に侵入して性行為を窃視しようとするに至つた。その際、被告人は、ときには他人の財物を窃取し、または単に窃視にとどまらず、自ら婦女に性行為をいどむこともあつたのであつて、本件各犯行は、いずれもこのような背景のもとになされたものである。

(罪となる事実)

被告人は、

第一、別紙犯罪一覧表(一)記載のとおり、昭和三五年七月一五日ごろから同三七年九月上旬までの間に、前後七回にわたり、東京都杉並区荻窪四丁目五六番地ゼイムス・エンゼル方ほか六ヶ所において、同人ほか六名所有にかかる現金合計七万二〇〇〇円ぐらいおよび手さげかばん一個ほか四点を窃取した、

第二、別紙犯罪一覧表(二)記載のとおり、昭和三七年二月中旬から同年九月二三日ごろまでの間に、前後八回にわたり、同区(○○○)丁目(○○○)番地(A)方居室ほが七ヶ所に、いずれも深夜他人の性行為をのぞき見するなどの目的で侵入した、

第三、(一) 同年七月一五日午前一時三〇分ごろ、同区上荻窪二丁目六番地中谷マンシヨン一階後藤徹方窓下において、同所に干してあつた同人の妻路子所有の婦人用ストツキング一足(時価二〇〇円相当)を窃取した、

(二) 右犯行に引き続き、右後藤方居室に、前同様のぞきの目的で、開けたままになつてた窓を乗り越えて侵入し、後藤夫妻が就寝している場所に近づいたところ、右路子(当時二六年)が目をさましたように感じ、騒がれるのを防ぐため、いきなり同女の頸部を両手で締めつけて暴行した、

第四、昭和三六年八月六日午前零時四〇分ごろ、同区(○○○○)丁目(○)番地(○)荘一階(B)方居室にのぞきのため近づいたが、同室内に人の気配がしないところから、金員などを窃取する目的で、窓から同室内に侵入し、金員を物色中、幼児と二人だけで就寝中の同人の妻(C子)(当時二七年)が目をさましたのを発見し、とつさに同女から金員を強取しようと決意し、同女の口を手で押えつけながら、「騒ぐと子供を殺すぞ。金はないか。」などといつてその反抗を抑圧したが、同女が金はないと答えたので、ついでに同女を強姦しようと考え、右のようにおそれている同女の上に馬乗りになり、指でその陰部をいじるなどの暴行を加え、強いて同女を姦淫しようとしたが、そのとき、たまたま同女の夫が帰宅したため、逃走してその目的を遂げなかつた、

第五、(一) 昭和三七年四月二一日午後一〇時過ぎごろ、同区(○○○○)丁目(○)番地(○○)荘二階の(D)方居室にのぞきのため近ずいたが、同室内に同人の妻(E子)(当時二三年)がただ一人で就寝しているのを認め、同女を強姦しようと決意して窓から同室内に侵入し、目をさました同女に馬乗りになり、その顔面をなぐりつけ、頸部を両手で絞めつけるなどの暴行を加えて、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が被告人の指をかむなど激しく抵抗したためその目的を遂げず、右暴行により同女に対し、治療約二週間を要する顔面・頸部打撲および擦過傷、左眼窩皮下出血および結膜下出血の傷害を負わせた、

(二) 同年五月二一日午前一時過ぎごろ、前記(○○)荘一階(F子)(当時一九年)の居室に、ただ一人就寝中の同女を認め、同女を強姦しようと決意し、施錠のなかつた入口から同室内に侵入し、目をさました同女に馬乗りになつて、タオルをその口に押しこみ、「静かにしないと刺すぞ。やらせろ。」などといつて脅迫し、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が激しく抵抗したためその目的を遂げず、右暴行により同女に対し、全治までに約二週間を要した口内炎を負わせた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示所為中、第一(別紙犯罪一覧表(一)の1ないし7および第三の(一)の各窃盗の点は、いずれも刑法第二三五条に、第二(別紙犯罪一覧表(二))の1ないし8、第三の(二)、第四、第五(一)のおよび(二)の各住居侵入の点は、いずれも同法第一三〇条前段、罰金等臨時措置法第三条に、第三の(二)の暴行の点は、刑法第二〇八条、罰金等臨時措置法第三条に、第四の強盗強姦未遂の点は、刑法第二四一条前段第二四三条に、第五の(一)および(二)の強姦致傷の点は、いずれも同法第一八一条第一七七条前段に各該当するが、判示第三の(二)の住居侵入と暴行、第四の住居侵入と強盗強姦未遂、第五の(一)および(二)の各住居侵入と各強姦致傷とは、いずれも手段結果の関係にあるから、同法第五四条第一項後段第一〇条により、いずれも重い第三の(二)の住居侵入、第四の強盗強姦未遂、第五の(一)および(二)の強姦致傷の各罪の刑に従うことにし、以上のうち住居侵入罪については所定刑中懲役刑を、強盗強姦未遂、強姦致傷の各罪については所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条により最も重い判示第四の強盗強姦未遂罪の刑に、同法第一四条の制限内で法定の加重をし、犯罪の情状に憫諒すべきものがあるので、同法第六六条、第七一条、第六八条第三号により酌量減軽をした刑期の範囲内において、諸般の事情、ことに本件犯行がいずれも夜間他人の住居に侵入し、または他人の住居に侵入して行なわれたものであること、その態様がいずれもきわめて悪質であること、その手口がいずれも大胆不敵であること、および被告人にこれらの犯行についての常習性が認められることなどを考慮して、被告人を懲役五年に処し、同法第二一条により未決勾留日数中四〇〇日を右本刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により負担させないこととする。

(一部公訴棄却の理由)

検察官は、被告人が、

一、判示第二の別紙犯罪一覧表(二)の2のとおり(G方)に侵入した後、「同所において、同人の妻(H子)(当時二六年)の口に布を押し込むなどの暴行を加えた。」との事実および

二、同一覧(二)の3のとおり(I)方に侵入した後、「同所において、同人の妻(J子)(当時二九年)の口に手を突込むなどの暴行を加えた。」

との事実についても、公訴を提起している。そして、被告人の当公判廷(第五回)における供述、第一回第二回公判調書中被告人の供述記載部分、被告人の司法警察員に対す昭和三七年一〇月一日付供述調書、(H子)、(J子)の司法警察員に対する各供述調書を総合すると、右各暴行の事実を認めるに十分である。

しかし、右各証拠によると、右一の暴行は、(H子)を強いて姦淫したその手段として行なわれたものであり、右二の暴行は、(J子)に強いてわいせつの行為をしたその手段として行なわれたものであることが明らかで、前者は強姦罪に、後者は強制わいせつ罪にそれぞれ該当するものといわなければならない。そして、強姦罪および強制わいせつ罪は、いずれも親告罪である(刑法第一八〇条第一項)のに、右各罪について告訴がなされたことについては、その証明がない。

ところで、告訴がないのに、強姦罪または強制わいせつ罪の構成部分である単純暴行(同法第二〇八条)の事実のみを訴因として、公訴を提起することができるであらうか。この問題の解明のかぎは、右各罪を親告罪とした趣旨をどこまで貫くのが妥当であるかということにあるものと考える。

さて強姦罪または強制わいせつ罪を構成する事実の一部分が非親告罪である暴行罪に該当するものとして、この暴行の事実について審理判決をすることになると、被告人の刑事責任の量と質を確定するため、その暴行の動機・目的・態様・結果など行為の個性を明らかにせざるを得ないことなる。そのために、右暴行と不可分の関係にある被告人の強姦または強制わいせつの意思ないし行為を、したがつて被害者のこれら被害の事実をも、公判廷において究明し、これを判決において公表することになるのが通常である。そうなると、強姦罪または強制わいせつ罪の被害者の意思、感情、名誉などを尊重してこれを親告罪とした法の趣旨をほとんど没却することになつて、明らかに不当であるといわなければならない。このことは、刑法第一〇八条第一項が強姦罪や強制わいせつ罪の未遂罪、すなわち、強姦または強制わいせつの意図をもつて暴行または脅迫をしただけの場合をも、親告罪としていることに照らしても明らかであるといえよう。

もつとも、刑法は、強盗強姦、強姦、強姦致死傷、共同強制わいせつ致死傷などの罪は、これを非親告罪としており、また強姦罪などと科刑上一罪の関係にある非親告罪については告訴がなくても適法に公訴を提起することができるものと解釈されていて、一見右の解釈と矛盾しているのではないかと思われないでもない。しかし、前者は、その犯罪が被害法益の重要性や犯人の悪性の強さなどから、被害者の意思、感情、名誉などの尊重よりも優越した処罰の必要性をもつためであり、後者の非親告罪は、本来強姦罪などの構成部分ではなく、強姦などの被害者の告訴の対象に含まれていない事実であるうえに、強姦などの事実との結びつきがうすいため、その審判によつては被害者の名誉などをそこなう程度が少く、反面これをも訴追できなくては不当に犯人を利することになることによるものと解すべきであるから、矛盾はない。したがつて、法の趣旨とするところは、かような例外の要請に乏しい強姦罪または強制わいせつ罪の構成部分である単純暴行の事実のみについて公訴を提起する場合にも、告訴を必要とするものと解するのが相当である。

検察官は、暴行罪の訴因に対し、これが強姦罪ないし強制わいせつ罪の一部か否かにまで立ち入つて審理するのは、かえつて親告罪の趣旨に反し違法であると主張している。しかし、訴因が暴行罪であつても、これについて公訴の提起がある以上、これと公訴事実の同一性がある強姦などの点にも公訴の効力が及ぶのであるから、この点を審理しうることは当然で(もとより、強姦罪などに訴因を変更することもできる。)、むしろ、かような結果をもたらす公訴の提起が親告罪の趣旨に反するというべきである。もつとも、検察官の主張によると、審理をしてみない以上、それが親告罪である強姦罪などの一部か否かがわからないのであるから、結局親告罪であると否とを問わず、審理の対象を訴因に限定するという趣旨であるかもしないが、このような見解にはにわかに賛成できない。

以上のとおりであつて、本件公訴事実中前記二個の暴行罪についての公訴は、不適法で無効であるが、右各暴行罪は、判示第二の別紙犯罪一覧表(二)の2および3の住居侵入罪とそれぞれ手段結果の関係にあるから、特に主文において公訴棄却の言渡をしない。

(弁護人の主張に対する判断)

一、判示第一の別紙犯罪一覧表(一)の4および7、第三の(一)の各所為は、被告人が単に、これらの家に侵入したというしるしを残す意図で、なにげなく持出したもので、不法領得の意思を欠くから無罪であるとの主張について。

思うに、窃盗罪の成立に必要とされる不法領得の意思とは、「権利者の物に対する支配を排除し、事実上所有者として完全な支配権を取得しようとする意思」と解すべきであるから、以下に、被告人にこのような意思があつたかどうかについて考えることにしよう。まず、判示第一の4の鍵一個を持出したとの事実についてみるに、被告人の司法警察員に対する昭和三七年九月三〇日付供述調書および被告人の当公判廷(第五回)における供述によると、被告人は、判示山県栄昌方居室に性行為を見る目的で立入つたが、同室内に期待したこともなく、家人が何も知らずに眠つてたので、後で同人らが目ざめたとき他人が立入つたことを知らせて驚かしてやるつもりで、なにげなく判示の鍵一個を持ち去り、家に帰る途中の同人宅から約二〇〇米離れた所で、これを捨てる気になつて捨てたというのである。次に、判示第一の7の庖丁一本を持出したとの事実についてみるに、前掲被告人の司法警察員に対する供述調書および第一回公判調書中被告人の供述記載部分によれば、被告人は、判示保坂賢二郎方に前同様のぞきの目的で近づき、家の中に人がいなかつたので、金品窃取の意思を生じ、同室内でタンスなどを物色したが、現金がなかつたため、前同様家人を驚かす目的と合わせて、木などを削るのに使うつもりで、判示庖丁一本を持ち去り、その帰途、立木の幹を刺したりしてもてあそんでいるうち、刃先が折れたため、これを捨てたというのである。更に判示第三の(一)のストツキング一足を持出したとの事実についてみるに、被告人の司法警察員に対する同年九月二八日付供述調書および被告人の当公判廷(第五回)における供述によれば、被告人は、判示後藤徹方居室に近寄り、軒下に干してあつた判示女物ストツキング一足をいたずら心からなにげなく取つてポケツトに入れ、判示第三の(二)の行為に及び、その後室外に出てからどこかに捨てたというのである。

これらの事実によると被告人がこれらの物を持去つたのは、被害者を驚かせるつもり、あるいはいたずらのつもりであつて、これというはつきりした目的はなかつたものと考えられるのであるが、たとえそうであつたとしても、被告人は所有者の意思に反してその所持を自己に移したものであり、いずれもこれを被害者に返す意思は全くなく、またこれをこわしたりかくしたりする意思であつたとも認められないのであるから、結局被告人は、権利者の物に対する支配を排除し、事実上所有者として完全な支配権を取得しようとする意思をもつていたものといわなければならない。

なお、ここでちよつとふれておかなければならないことがある。それは、不法領得の意思を、判例のいうように、「経済的用法に従つて物を利用しまたは処分する意思」と限定する必要があるかということである。判例がこのように限定したのは、窃盗罪と毀棄罪とを区別するに当つて、単に物をこわしたりかくしたりする意思で他人の支配する物を奪う行為には、不法領得の意思が認められないとしてこれを毀棄罪とし、反面窃盗罪に必要な不法領得の意思とは、物を経済的用法に従つて利用または処分する意思であるとした(大判大正四年五月二一日、刑録二一集六六三頁参照)ことによるものと思われる。しかし、これでは、積極的に経済的用法に従つて利用または処分する意思も認められないし、といつて他人の物をこわしたりかくしたりする意思も認められないような場合の処置に窮すのである。ところで、もともと窃盗罪は、他人の物を領得という方法によつて侵害する罪であり、毀棄罪は、他人の物を領得という方法によらないで、その利用価値ないし効用を侵害する罪なのであるから、右のような中間的な場合は、これを窃盗罪の分類に入れなければならないのである。はたしてそうであるとすれば、判例の意図するところは、他人の物をこわしたりかくしたりする意思がある場合以外の場合にはすべて不法領得の意思があるものとするのであるが、不法領得の意思の概念を積極的に表現するにあたつて、こわしたりかくしたりするような非経済的な処分意思を除く意味で、経済的用法に従つてする利用または処分の意思としたものと理解するのが適切である。したがつて、判例の見解によつても、本件のような場合には、不法領得の意思があることになるわけである。

二、右鍵一個ならびに庖丁一本は、いずれも財物としての価値が希少で保護に値する使用価値がないから、その窃取行為には違法性がないとの主張について。

右鍵一個の価格がいくらであるか証拠上明らかでないけれども、山県栄昌作成の被害届によれば、それはドアの入口に取りつけてある錠の鍵であることが認められ、仮に鍵の価格が僅少であつても、これと錠とは一体をなして日常生活上有用で不可欠のものであつたのであるから、その窃取が社会生活上放任される程度に可罰性が微少であるとは解しがたく、行為の実質的違法性がないとは言いがたい。また、判示庖丁一本は、保坂千鶴子作成の被害届によると価格が二〇〇円で、日常生活に使用しうるものであつたと認められるから、この窃取も、零細な反法行為として実質的違法性を欠く程度をこえていると解さざるを得ない。

三、被告人は、その知能程度が通常人より著しく低く、通常人の理解の範囲をこえて行為する異常性格者であつて、抑制力がないから、本件全犯行時を通じて心神耗弱の状態にあつたものであるとの主張について。

鑑定人竹山恒寿作成の精神鑑定書、医師市川達郎作成の精神衛生診断書および少年調査記録中の東京少年鑑別所作成の鑑別結果通知書などを総合すると、被告人の知能は、かなり低いが、なお正常人の域にあること(右市川診断書には、知能指数七九で軽度の精神薄弱とされているが、右鑑別結果通知書には知能指数八一、竹山鑑定書には八五とされ、いずれも精神薄弱でないとされており、これらの記載に竹山鑑定書に現れている被告人の一般的知識程度などを合わせ考えると、精神薄弱であるとは認められない。なお、少年調査記録中の学校照会回答書には、知能指数九四と記載してある。)、狭義の精神病症状がないこと、被告人は、過感、弱志の傾向をもつ精神病質人で、嗜虐的異常性欲としての窃視症であることを認めることができる。そこで、以下に、被告人の右のような精神病質と嗜虐的異常性欲とが判示各行為における責任能力の限定をもたらすか否かを検討する。

被告人の判示行為中には、単に他人の性行為をのぞくだけでなく、判示第二の別紙犯罪表(二)の1の住居侵入のあと、性交中の夫婦に近づいたが、同人らが被告人の侵入に気づかないため、あり合わせの書物で男性の頭をなぐつて驚かせて逃走し、あるいは、判示第一の別紙犯罪表(一)の4の窃盗のように、自分の住居侵入をその家の者に知らせて驚かす目的で鍵一個を盗むなどの行為があり、また、昭和三五年夏ごろから同三七年九月現行犯逮捕されるまで、長期間類似の非行を反復し、住居侵入や窃盗のほか、強姦、強盗強姦未遂などの重大犯罪を犯しており、これら非行の態様、累行などを通じてみると、被告人の人格は一見通常人とは隔絶しているように見える。しかし、これを仔細にみると、右の行為も、不遇な家庭からのがれて、被告人の知能資力などをもつて容易に求めうる快楽を追求するために始まり、その犯行が他人に発覚しなかつたため、これをくり返し、この間次第に自信を深めて大胆になり、その嗜虐的異常性欲を満たすめ、より一層強い刺激を求めて異常な行動に進んだものであつて、判示行為の全般的もしくは個々的な経過発展は、通常人の了解可能な範囲に属するものと解することができる(大胆な行動は、被告人に根深くある劣等感の補償行為ともみられる。)そして、被告人の知能程度、社会的知識、判示各行為の性質などに照らすと、被告人は、判示各行為の是非善悪を弁識する能力を具備していたと認めることができる。また、判示各犯行が、多くは被告人の嗜虐的異常性欲に由来し、欲求の制御によわいために生じたものであるけれども、各犯行時被告人が目的を達するため、極めて合目的的で敏しような行動をとつたこと、住居に立入つた証拠に物を盗つたりしたときも、決して自分の犯行と疑われるような行動をとつておらず、(C子)の司法警察員に対する昭和三七年九月二六日付供述調書に現れているように、自己の犯行の発覚を防ぐための努力を怠つていないこと、性行為窃視の目的で侵入しても、場合によつては、その情況に応じた他の行動(窃盗、強姦など。)をもとつていたこと、犯行の場所や時間についても、自分の目的に最も適するように選択し、その時間になるまで自己を抑制して待つていたのであつて、時と場所を構わずその欲望を満たそうとしたのでないことなどの諸事実を総合すると、被告人の欲求統制力の欠如もきわだつて重篤であるとはみられず、被告人には、是非善悪の弁識に従つて行為する能力に著しい減弱があつたとは認めることができない。

以上の次第で右各点に関する弁護人の主張は、いずれも採用できない。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本武志 佐藤敏夫 杉山英巳)

犯罪一覧表(一)(二)(略)

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